小説 - 庇の影

将軍上洛

庇の影その7

 斎藤一が東御役所にて分限帳に書付がされた翌日、将軍徳川家茂が上洛した。

 二条通には沿道に人が溢れかえり、建屋は天蓋窓を開けたままの見物を許された。将軍上洛に先行して着京していた幕府浪士集まりは、将軍警備に馳せ参じるつもりであったが、正式な命は下りず二条大橋を渡る将軍一向の行列を遥か離れた沿道から眺め見守るだけだった。

 浪士集まりが京に入ったのは十日ほど前。宿所として近藤勇たち六番組に割り当てられたのは、二条城から近くの壬生村の郷士の本宅。在京の幕閣役人が訪れる新徳寺は目と鼻の先にあり、幕府浪士取扱の鵜殿鳩翁が対応にあたっていた。連日、夜になると寺の広間に取締役並以上の者が各組合から集められ、六番組からは近藤が参じていた。この日も、八木邸に寝泊まりする土方たちは、会合から戻った近藤から浪士世話役の清河八郎が朝廷へ建白書を献上すると息巻いていたと聞かされた。ただちに広間に皆で集まり車座になった。そこには試衛館の門人以外に水戸出身の芹沢鴨と同じ三番組の浪士数名が集まっていた。近藤が八木邸に戻り、持ち帰った建白書の走り書きを広間に集まった土方たちの前で読み上げた。

「我々は尽忠報国の志により集められ、将軍が尊王攘夷の任務を遂行されるのを補佐するために上洛した。幕府の世話で上京したが、碌位は受けておらず。天子様の勅命を妨げるものがあれば、幕府の役人といえども容赦いたさん。この真心が貫徹できるよう取り計らって頂きたい」

「これが建白書のおもな言葉だ」

「それで、これはいつ朝廷に提出するんだ」

 土方が尋ねた。

「清河さんは、今夜清書して署名し、明日学習院に直接持ち寄ると云っておられる」

「寺に出向いて血判を押すなら、今すぐ出られる」

 土方は、皆を見回して同意を得るように頷いた。鋭い眼光で芹沢鴨と互いに眼を合せた。

「ああ、もう少しすれば寺から呼び出されるだろう」

 近藤は微笑むような表情で自身を持って頷いた。車座になった真ん中に広げられた走り書きを、皆が身を乗り出すようにして何度も読み返している。

「天子様が攘夷の勅命を下し家茂公が直ちに実行するなら、京ではなく大坂湾に夷狄を迎えて攘夷することになる。我々は具足も経帷子も備えておる、将軍様を補佐し大坂へ向かうことになろう」

と、近藤が説明し、土方たちが納得したように頷いた。こうして攘夷実行の気運は高まった。その興奮のまま皆で新徳寺に出向き、未明に建白書に署名血判した。

 近藤たちの沸き立つ気持ちとは裏腹に、浪士の雲行きが怪しくなったのはその翌日のことだった。

「なんだ、江戸に戻るって」

「家茂公はこちらに向かわれてるって話じゃねえか」

 近藤の部屋から土方と近藤が言い争うような声が響いているのを、廊下の柱の影に凭れた総司が聞いていた。

「ああ、大樹公はあと数日で着京される予定だ。我々は、東国に帰還し将軍の攘夷を助けることになる」

「家茂公も江戸に帰るってことか」

「天子様に拝謁されてからだろう。大樹公が攘夷の勅命を奉じて江戸に戻るなら、我々はそれを補佐せねばならん」

「夷狄が京を襲うとは考えがたい、その前に大坂から攻めて来るだろう。東では横浜の開港を迫られている。東国に戻れば横浜で攘夷となるやもしれん」

「せっかく京に上ったのに、とんぼ返りか……」

 土方は不本意な面持ちでそう呟くと、深く溜息をついた。

「鵜殿様にこれから面会にいく、せめて大樹公入京行列の護衛をしたいと申し出てこよう」

 近藤は座敷をでて再び新徳寺に出掛けて行った。

 近藤たちの努力も虚しく、将軍上洛の前日に浪士に東帰の命が下った。来た道と同じ中山道を通って江戸に戻れというものだった。同じ八木邸に分宿している三番組組長の芹沢鴨とその配下の新見錦らの元に近藤は駆け付けた。なんとか家茂公が京に留まる間在京し、将軍を守備する旨を訴えたいと相談した。水戸藩浪士である芹沢は、上申書を書く事になろうと渋い顔をして答えた。

「近藤、尽忠報国とほざくのは構わん。だが後ろ盾のない貴様らがここでどう踏ん張るのかは大いに見物だ」

 昼間から酒臭い息で、芹沢は他人事のように冷笑した。そして役人との折衝も必要だが金も必要だといって、話の途中で立ち上がると、取り巻きを連れて座敷を出て行った。近藤は己に成す術が何も見当たらないことに焦りを感じ始めていた。将軍様にはどんなことをしてでも、京に留まって貰わなければならん。攘夷のために。

 徳川家茂が上洛した日の朝、芹沢鴨が部屋に居ることを確認した近藤は、芹沢率いる三番組浪士たちに見物も兼ねて、二条城まで人出の中を警備に出掛けないかと声をかけた。鼻先で一蹴されることを覚悟の上のことだったが、芹沢達一向はこの誘いを快く受けて、共に八木邸を後にした。家茂公の行列を遠目に眺めただけで終わったが、腰に刀を下げて馳せ参じた近藤たち試衛館の門人たちは、江戸から将軍の攘夷祈願を護衛する為に上洛した気運を再び取り戻すことが叶った。

 それから数日がたち、二条城内に組織された臨時の幕閣は、先に上洛していた講武所の高橋泥舟に新たに浪士取扱を任じ、浪士を引き連れて直ちに江戸へ戻るように命を下した。そして、現取扱の鵜殿には、そのまま京に留まり、在京浪士を率いて京市街を見廻るようにと指示した。

 この指示が鵜殿から近藤に伝えられたのが三月八日の朝の事である。

つづく